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「松子,お前からも話を。」

「松子,お前からも話を。」

 

 

三津が姿を見せると店内はどよめいた。三津はそれに臆する事なく女将の前まで行って,深くお辞儀をした。

 

 

「彼は京の時から一緒で,私も彼が居るのが当たり前になっていたのでそんな目で見られてしまって当然かもしれません。

夫にそんな不満を吐かせてしまうのも,私が妻として至らないからで,責任を感じています。」

 

 

三津は一つずつ丁寧に言葉を選びながら話した。でも女将が自分を見る目は恨みに満ちていて,何を言っても届かないのは分かっていた。

 

 

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凛とした態度の三津に女将はふんと鼻を鳴らした。藩主の前でそんな態度を取る娘の頬を父は平手で打った。

 

 

「いい加減にせんか!藩主様,奥方様,娘が騒がせてしまい申し訳ございません……。入江様,松子様,何の確証もないのに決めつけた挙句にあらぬ噂まで立ててしまい何とお詫び申したら良いか……。」

 

 

父と母は床に正座をして何度も頭を下げた。そんな両親の姿を見下ろす女将からは何の感情も読み取れなかった。

三津はそんな両親の側に寄って膝をつくと大丈夫だから顔を上げてくれとそっと背中に手を当てた。

 

 

「そう言う所……。その偽善者っぽい所が本当に嫌い。」

 

 

女将は髪に挿してある簪を抜いて三津の顔めがけて振り下ろした。

客達は悲鳴を上げて両手で顔を覆ったり,その様子から目を背けた。

 

 

だが女将は一瞬で元周に取り押さえられた。「私もまだまだ鈍ってないなぁ。

せっかく話し合いで穏便に済まそうとしてやったのに手なんか出しよって。」

 

 

藩主に取り押さえられた事で女将は流石に観念したのか,小刻みに肩を震わせ泣いていた。

 

 

「三津,大丈夫や。」

 

 

入江は瞬時に三津を庇って抱きしめていた。ぎゅっと目を瞑り縮こまる背中を優しく撫でた。

 

 

「キヨ!あんた何て事を!!」

 

 

泣き崩れる両親に,三津の目も潤んだ。それからそっと入江から離れて女将の前にしゃがみ込んだ。

 

 

「キヨさん……私の事が嫌いなのは仕方ないです。誰にでも相性の悪い人,仲良くなれない人はいます。謝ってほしいとも思いません。

でも嘘は正していただけませんか?さっき思い知ったでしょう?千賀様に主人との不貞を疑われて,それがあたかも事実のようにみんなに受け止められるのが怖くなかったですか?」

 

 

女将は取り押さえられた状態で三津を見上げた。その目はまだ反抗的で,三津を憎しみの塊のように睨みつけた。

 

 

「……そうですよね。私にこんな事言われても気分悪いだけですね。」

 

 

「あんたの顔なんか見たくもない。」

 

 

「キヨっ!」

 

 

両親は自分の娘だと言うのに情けなくて仕方ない。それでも娘がこうなったのは自分達親の責任だと娘を庇う。それが三津の涙腺を緩ませた。

 

 

「羨ましい……。私には両親がいません。母に関しては顔も覚えていません。こんなにもご両親に想われてるキヨさんが羨ましいです。」

 

 

三津は泣きながらも羨望の眼差しでいいないいなと繰り返した。

 

 

「両親がいるのが羨ましい……?たったそれだけが?」

 

 

女将は拍子抜けした顔で三津を見上げた。

 

 

「そうですよ?キヨさんには当たり前かもしらへんけど,私には当たり前やないんです。父との暮らしも十七の時で最期を迎えました。

でもキヨさんはまだこの先,ご両親と共に過ごせます。私が過ごせなかった時間を過ごせるんです。

だから,こんな事でその大事な時間を潰しちゃ駄目ですよ。」

 

 

三津は鼻を啜って涙を拭ってからもう一度両親と向き合った。

 

 

「私ここのお菓子好きです。これからも買いに来ます。毎日来ます。だからお店は閉めないでいただけませんか?

でも毎日開けるにはキヨさんの力が必要ですよね?お二人じゃお店大変ですよね?

元周様,だからキヨさんは咎めないでいただけませんかねぇ?じゃないと私がお菓子食べられないんですよ。」

 

 

それを聞いた元周は豪快に笑った。

 

 

「食い意地の張っとるな。お前がここの菓子やないといけんと言うのなら仕方あるまい。入江,お前も納得するか?お前の主の言う事に。」