脱衣場の簀(すのこ)の上から千代山が見守る中、侍女たちが濃姫の周囲を取り巻いて、 糠袋(ぬかぶくろ)や洗い布で、これでもかというほど姫の全身を丁寧に磨てゆく。 「殿は遅くとも、亥の刻(22時頃)までには御寝所へ参られまする。 お湯あみが済みましたら、一旦御座所へ戻り、お寝間着に着替えていただきます」 賑々しく洗われている濃姫に、千代山はこれからの仕儀を淡々と告げていった。 「お化粧、髪鋤きなど、一通りのお仕度が整いましたら御寝所へ参られ、殿のお成りをお待ち下さいませ。 閨(ねや)にては、何事も殿の御意のままにあそばされ、くれぐれも粗相な振る舞いのなきように」 「分かっております」 小さく首肯する濃姫の肩に、湯が少しずつ、鄭重にかけられてゆく。【植髮分享】如何提高植髮成功率? - 姫の足元にバシャバシャと湯がしぶきを上げながら落ちるのを見て 「…お、これはしたり!忘れておりました」 千代山は、何かを思い出したように声を上げた。 「姫君様。御寝所へ入られる前に、一度お居間へお越し下さいませ」 「何故です」 「初のお床入りの前に、姫君様には、色々とご指南せねばならぬことがございます故」 「指南? いったい何を教えて下さるのです」 「それは無論……」 千代山は言いかけるなり、まるで少女のように顔を赤らめて笑い出した。 濃姫を取り巻く侍女たちも、俯きながらくすくすと笑っている。 何がそんなに可笑しいのだろう。 面白い話でも教えてもらえるのであろうか? 侍女たちの顔を眺めながら、姫は訝しそうに首を傾げていた。 入浴を済ませた濃姫は、千代山の指示通り一旦部屋へ立ち戻ると、 真新しい寝間着に着替えさせられ、髪鋤き、続けて化粧を施された。 新調の寝間着は肌触りが柔らかく、香が焚き染(し)めてあるのか、ほのかに伽羅(きゃら)の薫りが漂っている。 湯気で濡れた黒髪も櫛(くし)で鋤かれる度に艶やかさを増してゆき、 姫の幼顔も、丹念な化粧によって妖艶な魅力を放つ大人の女へと変貌していった。 「まぁ、何とお美しや」 「ほんに。今宵の姫様はいつもよりもずっと輝いておりまする」 「これならばきっと殿にもご満足いただけましょう」 鏡台の前に控える侍女たちは、鏡に映る濃姫の顔を覗き見ながら口々に褒め称えた。 濃姫も、自身の仕上がりにはまんざらでもない様子で 『 これが私…。まるで夜宴の折の母上様のよう 』 鏡の中の己を何度も確認しつつ、母・小見の方の面影を自分の中に見ていた。 そこへ 「──只今戻りましてございます」 最後まで残っていた美濃の武士たちを見送りに出ていた三保野が、足早に室内へ入って来た。 「ご苦労でした。皆、無事に美濃へ帰られたか?」 「はい、たった今」 「それは良かった。……なれど、あの者共が持ち帰った話を聞いたら、父上様も仰天されるであろうのう」 「それはそうでございましょう。信長様のあの薄汚い格好を見た時には、私はもう気を失うかと思いました」 「噂通りの奇行の持ち主であったしのう」 「全くです──。挙げ句に姫様の名を“濃にせよ”等と申される始末。 さすがは尾張の大うつけと呼ばれるお方ですな。無礼極まりない」 「そうか? 濃という名、私は嫌いではないがのう」 「ま、何を申されまする !?」 三保野は思わず目をパチクリさせる。