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「勝利の為とは申せ、そこに多くの人間の死

「勝利の為とは申せ、そこに多くの人間の死があると思うと、やはり胸が詰まるのう…」

 

濃姫は悄々として俯くと

 

「そう申せば、殿が日々訓練なさっておった例の鉄砲の戦術、あれをお使いになられたと聞いたが」

 

と、思い出したように訊ねた。

 

三保野は頭を前に大きくひと振りする。【植髮分享】如何提高植髮成功率? -

 

「殿は堀端に陣取られると、砦にあった三つの狭間を、鉄砲を取っかえ引っかえするあの手法で撃たせ、その間に兵たちを砦に登らせた由にございます」

 

「鉄砲を実際に戦で使用するのは、此度が初めてじゃと申すに、さすがは殿…見事よのう」

 

薄く紅の引かれた姫の柔らかな唇の間から、感心とも安堵とも取れる、微かな吐息が漏れた。

「左様にして織田方が休む暇もなく攻撃を続けられた為、今川勢も負傷者や死人が増えに増え、とうとう降伏して参ったそうにございます」

 

「聞けば殿は、それを黙って受け入れられたそうじゃな?」

 

「御意にございます」

 

「しかし何故であろうか?そのまま攻撃を続けていれば、当然攻め滅ぼす事も可能であったろうに…。」

 

信長らしくない選択をしたものだと、濃姫が訝し気に眉根を寄せていると

 

「既に日が暮れ始めていたという事もありまするが、今川勢と同じ分だけ、織田勢も多くの死者や負傷者が出ていたからにございます」

 

三保野は虚ろな目をして答えた。

 

「同じ分だけとは──織田勢の死者や負傷者は、如何ほど出たのじゃ…?」

 

「山が出来るが如く」

 

濃姫は心ともなく竦然となる。

 

あえて明確に数に表さなかったところが、姫に、織田軍勝利の為に払った代償の大きさを犇と感じさせていた。

 

「御小姓衆のお歴々も数多く討ち死になされたそうで、それこそ目も当てられぬ有り様だったと聞き及びまする」

 

「……」

 

「殿は本陣に帰られてより、家臣の方々の働きや、多数の負傷者、死者のことなどを色々と話され、

 

『この者も死んだのか』『あいつもか』と呟きながら、感涙を流されたそうにございます」

 

「……痛ましいのう」

 

「…はい」

 

濃姫は憂いの濃く浮かぶ顔を軽く俯けると、まるで合掌するかのように、双眼をゆっくりと伏せていった。

主君の為、武功を上げる為。

 

そして自らの両親や妻子を守る為に、命をかけて戦い、散っていった男たち…。

 

その一人一人の名は残らずとも、彼らの働きのおかげで、この尾張の平穏と愛する夫の命がある。

 

濃姫は死者たちへの哀悼の意と、言葉には言い尽くせぬ感謝の思いとを、長い長い黙祷をもって示しているのであった。

 

 

 

 

 

そして同日の申の刻。

 

今川勢を見事駿河へ押し返した信長は、此度の戦で裏切りに及んだ寺本城を攻め、

 

手勢を派遣して城下に火を放った後、無事に那古野城へと帰還した。

 

 

「殿のお戻りにございます!殿のお戻りにございます!」

 

 

下女たちが奥御殿の長廊下を足早に進みながら、高らかに触れ回る声を耳にするなり、

 

濃姫は瞬時に晴れやかな微笑を浮かべて、そそくさと表玄関へと駆けて行った。

 

戦勝を祝う、緋地一面に吉祥の折り鶴が舞う総柄の打掛(うちかけ)を纏った姫は、

 

その背後に三保野ら侍女たち、千代山ら老女衆を従えて、帰還した泥まみれの信長を一礼の姿勢で出迎えた。